想い出〜あの時あった出来事〜

Memory2.ある雪女の想い出“時の彼方のファースト・スノー”
-3-
季節は巡り、女が猟師の元へ来てから一年が過ぎようとしていた。
ある日、女は自分が猟師の子を宿している事に気付いた。
もちろん、それを知った猟師と父親はとびあがって喜んだ。
「俺は娘がいいなぁ。きっとおまえに似て美人になるぞ」
「いやいや、男でもきっと働き者のいい孫になるに違いねぇ」
早くも名前を考え始めている男二人の様子を見ながら、女は今、自分が最高の幸せの中にいることを感じていた。

そしてまた月日は流れゆき、冬の終わりの凍りつくような雨の中で、女はかわいらしい娘を産んだ。
猟師は娘を『氷雨』と名づけ、家族4人で幸せな日々を過ごしていた。
娘はすくすくと成長し、母親に似て美しくなることは間違いないと誰もが思っていた。

娘が数えで3つになった頃、その年も初雪が舞い落ちてくる時期を迎えていた。
「そういえば、ちょうどこれくらいの季節だったかなぁ・・・」
猟師がぽつりとつぶやいた。
「・・・何がですか?・・・」
年老いた猟師の父と幼い娘はすでに眠りについており、娘の布団を直しながら女は猟師の言葉に顔を上げた。
「うん?・・・ああ、実はおまえに会う前、山で遭難しかけたことがあってさ・・・そこで雪女に会ったんだ」
猟師は妻にその時有った事を話して聞かせた。
「一緒にいた男は殺されちゃったけど、ほんとはあの雪女、殺す気は無かったのかもしれないな。今思うと・・・」
「・・・どうして、そう思うの?」
妻の問いに猟師は答えた。
「なんかさ、すごい哀しそうな顔してたんだ。やりたくないことをやった時って、あんな顔するんじゃないかなって思ってさ」
何か理由があったのかもしれないな、と猟師は思っていた。
「・・・仕方なかったのよ、あの時、あなたを守る為には、ああするしか・・・」
「・・・?どうしたんだ、おまえ?」
震える声でつぶやく妻の様子を心配して、猟師は妻の方に向き直った。
「あの男は、あなたを襲おうとしていた・・・とっさにわたしはあの男を止めようとして、氷漬けにしてしまっていた」
「何・・・言って、るんだ?」
「どうして・・・ずっと、黙っていてくれなかったの?・・・誰にも言わないで、って言ったのに・・・」
「ま、まさか、おまえ・・・?!」
ゆらり、と立ち上がった女の姿は、いつか小屋で見た雪女の姿に変わっていた。
「ひと目見たその時から、わたしはあなたを好きになってしまっていた・・・
 だから、あの時わたしはあなたに手を出さなかったの・・・ううん、出せなかったんだわ」
いつの間にか囲炉裏の火は消え、家の中に寒気が満ちていた。
「約束を破ったあなたを許す事はできない・・・」
雪女の姿となった妻は、悲しげに顔を伏せた。
「す、すまんかった!許してくれ!こ、このとおりだ!」
猟師はいつかと同じように頭を床にこすりつけて懇願した。
「・・・でも、あなたを傷つけるなんて、わたしにはできない・・・!」
「お、おまえ・・・」
猟師が顔を上げると、雪女は涙を流しながら言った。
「だって、あなたを愛しているから・・・」
落ちた涙が氷の粒となって、床の上で弾けた。
「・・・お別れですね・・・」
「ええっ!ま、待ってくれ、何で別れなくちゃいけないんだ?!」
驚いて猟師は妻にすがりつこうとするが、吹き付ける凍気に近づく事もできないでいた。
「約束を破った罰です・・・本来ならば殺さなければなりませんが・・・わたしにはとてもできそうにないですから・・・」
そう言いながら、雪女は眠りつづける娘を抱きあげた。
「その代わり、この娘は連れて行きます・・・これが、あなたを殺す代わりに与える罰です」
「待ってくれ!す、すまない!何でもするから・・・許してくれ・・・行かないでくれよ!」
猟師は必死で叫んだが、ひときわ大きく膨れ上がった凍気の渦にさえぎられ、雪女に届く事は無かった。
「あなたと過ごした日々、とても幸せでした・・・あなたの優しさ、ずっと忘れません・・・ありがとう・・・」
最後に猟師は、妻がさみしそうに微笑むのを見たような気がした。

「・・・さようなら・・・わたしの愛したひと・・・」

妻と娘の姿が消えた後、猟師の耳に、雪女が残した最後の言葉が聞こえていた。
「帰って来てくれよ・・・つらら・・・」
猟師の言葉に答える者は無く、ただむなしく響くだけであった。
窓の外では、その年最初の雪が舞い降りていた。

【←戻る】 ◇ 【続く→】


Stories の目次 へ


「シェアード・ワールド・ノベルズ 妖魔夜行」「シェアード・ワールド・ノベルズ 百鬼夜翔」
は角川スニーカー文庫より発売中のシリーズです。