Sweet Snow Story. 信之&月乃〜新婚編〜

Sweet1.信之&月乃〜新婚編〜“Sweet Life”
来夢;「しのさんは故郷の隠里に帰って、今は月乃さんと」
日奈;「生クリームに練乳と水飴かけたくらい甘い!」
来夢;「新婚生活を送っているはず・・・ですけど・・・?」


月乃は思いつめたような顔で包丁を握り締めると、その相手に向き直った。
そして一歩、二歩と近づいて・・・
「ああ〜んっ、やっぱりできない〜!」
まな板の上には牛肉の塊。鮮やかな紅に白のコントラストが美しい霜降りの肉である。
「せっかくいいお肉もらったのに・・・」
くすん、と泣きそうな顔でつぶやいた。
実は月乃はこれまで肉料理は作ったことはおろか食べたことさえもない、
根っからの菜食主義者だった。
そんな彼女がなぜ肉の塊と格闘しているかというと・・・


話は前日にさかのぼる。
月乃はいわゆる専業主婦で、家事全般はもともと得意であった。
朝は早くから朝食と信之のお弁当の準備。
仕事へ出かける信之を送ったあとは洗濯、掃除をそつなくこなす。
昼間は庭の家庭菜園の世話をしたり、遊びに来る妹の星香とお茶を飲んだりして、
夕方帰ってきた夫と一緒に食事をとって、夜は・・・ま、その、新婚らしい毎日を送っていた。

その日もいつものように星香とお茶菓子を囲んでいた。
「ねえ、なんか最近、しのって元気がないことない?」
星香も信之の幼なじみであり義理の従妹であったため、
義兄妹になって信乃が“信之”と改名した現在も、
以前と同様に“しの”と呼んでいた。
「朝会ったんだけどさ、なんかこう、覇気が無いんだよね〜」
言われるまでもなく、そのことには月乃も気づいていた。
直接信之にたずねてみたりもしたが、
「いやぁ、そんなことないって」
とはぐらかされてしまっていた。
「仕事がうまくいってないのかな?」
「ううん。最近は順調みたいよ・・・。」
「それじゃ、何が原因なんだろ?」
うーん、と考え込む星香。
大雑把な性格の一方で、他人を思いやる心も持っているのである。
「・・・もしかして、わたしに原因があるのかな・・・」
月乃はぽつりとつぶやいた。
「なんか思い当たることでもあるの?」
まあ、そんなことはないだろうと思いながら星香がたずねた。
「シャツの糊が効きすぎてたとか・・・」
「・・・それはないと思う」
「この間変えたカーテンがかわいくて落ち着かないとか・・・」
「それも違う。絶対。」
即答する星香。
「も、もしかして・・・、よ、よ、・・・」
「よ?」
「よ、夜の・・・が・・・・・・」
「・・・お姉ちゃん、本気で言ってる?」
真っ赤な顔でうつむく姉を見て、あきれた顔で聞き返す星香であった。
「他になんかないの?」
「お料理の味付けがあわないとか・・・」
ちなみに、月乃の料理は旧雪女の隠れ里で1,2を争う腕前であった。
「それも違うと思うけど・・・ところで、いつも何食べてるの?」
純粋に新婚家庭の食卓に興味があって聞いたみる星香。
「朝はお味噌汁。パンの時もあるけど。あとはカレーとか、お芋の煮付けとか・・・」
「なんだ、あたしと暮らしてたときと変わらないじゃない」
月乃のお味噌汁は星香も大好きである。
「しのさんもいつも“おいしい”って言ってくれてるの」
実にうれしそうに話す月乃。声から幸せあふれるかのようである。
「はいはい。ごちそうさまっ」
星香も惚気話は飽きるくらい聞いている。
と、そこでふと気づいたことがあった。
「お姉ちゃん、結婚してから料理のレパートリーって増えた?」
「?ううん?特に新しく作るようになった料理はないけど・・・」
もともと月乃のレパートリーはかなり多い。毎日違うものを作っても一ヶ月は大丈夫である。
それが何か?と首をかしげる月乃。
「たぶん、分かったわよ。しのが元気の無い理由」
自信ありげに言うと、星香は姉に指をつきつけて、
「ずばり、“肉”を食べてないからよ!」
姉妹が二人で暮らしていたときから、姉の料理には肉は入っていなかった。
カレーも野菜だけのベジタブルカレーである。
物足りないときは星香が自分で肉料理を作っていたが、月乃がそれを口にしたことはない。
「しのってもともと狼でしょ?」
信之は妖怪化して氷狼になる前は、ニホンオオカミであった。
「狼が肉をぜんぜん食べてないんじゃ、そりゃ元気も無くなるわよ」
星香はうんうん、と一人で納得している。
「そうだったの・・・。わたしがお肉苦手だからしのさんが・・・」
「ほらほら、そう思いつめた顔しないで!なんならあたしが作ってあげるよ」
「・・・うん、ありがとう。でもいいわ」
親切のつもりで言った星香だったが、月乃はそれをはっきりと断った。
「わたし、しのさんのために、お肉の料理を作る!」


姉の宣言を素直に応援することにした星香は、
さっそく次の日にどこからともなく上等な牛肉を手に入れてきた。
残念ながら所用で直接レクチャーできないから、と言って
肉料理のポイントをメモして月乃に渡していた。
メモの片隅には大きく“がんばってね☆”と書いてあったりもする。
もともと料理の得意な月乃である。メモを見ただけでほとんどの料理方法は覚えていた。
しかし・・・
「うぅ〜、やっぱり恐い・・・」
問題は生理的に苦手な生肉にふれられないという点にあった。
せっかくのいい肉、“厚いステーキを作ってよろこばせてあげよう”
という作戦も肉が切れないのではどうにもならない。
「ただいま〜」
「わ、もうそんな時間?!」
どうやら肉と格闘(と言うかにらめっこ)している間に時間はどんどん過ぎていたようだ。
「わ、わ、わっ」
あわててどうしたらいいのか分からない月乃は、パニック状態になってしまっていた。
「・・・?月乃さ〜ん?」
いつもなら玄関まで出迎えにくる妻の姿が無いのを不思議に思った信之であったが、
次の瞬間、顔色が変わった。
「!これは・・・血の匂い?」
まさか、月乃に何かあったのか?!鞄を放り出して台所に駆けつける信之。
本来、牛肉の匂いを人(雪女だけど・・・)の血の匂いと間違えるような鼻ではないが、
ここしばらく嗅いでいなかった匂いのため、間違えたのである。
「大丈夫か、月乃っ!」
台所に駆けつけた信之が目にしたのは、包丁を握り締めたまま床に座り込んだ月乃の姿だった。
「月乃、どうしたの?」
とりあえず何ともないようだけど、と信之は安心して手をさしのべて聞いた。
「あ、し、しのさん・・・ごめんなさい、わたし・・・晩御飯・・・」
そこで初めて信之は調理台の上の牛肉に気がついた。
「これは・・・?」
信之も月乃との付き合いは長い。月乃が生まれた時のことも知っているくらいである。
当然、月乃が肉を苦手なこともよく知っていた。
「しのさんに、お肉食べさせてあげたくて、でも・・・」
さしのべた手に掴った月乃の手は、力いっぱい包丁を握りしめていたせいで堅くこわばっていた。
(こんなになるまでがんばって・・・)
信之は、口にはあまり出さなかったが、いつも月乃に感謝していた。
自分のために毎日がんばってくれているのが分かりすぎるくらい分かっていたから・・・。
「月乃・・・」
(あー、もう、かわいいっ!)
ぎゅっと抱きしめた妻の身体は、折れそうなくらい細く、それでいて柔らかい。
「しの、さん?」
突然抱きしめられた月乃は、最初は驚いたようだったが、
やがて夫の背中に手を回してお互いを抱きしめあった。

「・・・どう?」
数十分後、食卓には極厚のステーキを挟んで向かい合った二人がいた。
危なっかしい手付きで恐る恐る肉を切る月乃を、
信之は落ち着かない様子で、それでも手を出さずに見守っていた。
月乃が「絶対、わたしが作るから」と珍しく言い張ったからである。
そして努力のかいあって、見事なステーキが完成していた。
「まだ食べてないって。よし、それじゃごちそうになるぞ」
肉にナイフを入れる信之。焼き加減はほどよいミディアムレア。
切った肉を口に運び、無言のまま口を動かす。
「・・・」
「・・・おいしい?」
反応のない夫を心配して月乃がたずねた。
「・・・まい」
「?」
「うまい!こんなおいしい肉、久しぶりに食べたよ!」
感動にふるえる信之を見て、月乃は思わず涙ぐんでいた。
「よかった・・・ごめんね、今まで食べさせてあげられなくて・・・」
「気にするなよ。今日、こうして作ってくれたんだし」
幸せそうに食べている夫を見て、もっともっとがんばろうと思う月乃だった。


「お肉、おいしい?」
「うん」
「サラダ、おいしい?」
「うん」
「スープも作ったの。飲みます?」
「うん」
「わたしって、かわいい?」
「ううん」
「えっ・・・?」
「すごくかわいいよ」


来夢;「・・・いろいろあるみたいだけど、二人はとても甘い毎日を過ごしているみたいです」
日奈;「見てるほうが恥ずかしいわね(笑)」
【終】


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