Sweet Snow Story.信之&月乃〜新婚編〜
Sweet3.信之&月乃〜新婚編V〜“Birth〜Pure snow〜”
来夢;「芽衣さん、信之さんと月乃さんの子供が生まれたって、ほんとですか?!」
芽衣;「ええ、日奈ちゃんから連絡あったわよ。かわいい赤ちゃんです、って」
「・・・もうすぐ朝、か」
星香は時計を見て何気なくつぶやいた。
その声に、隣で半分目を閉じかけてうとうとしていた日奈が、はっと目を覚ます。
彼女たちがいるのは雪女の里にある実家で最も奥まった座敷の、一つ手前の部屋。
今、この襖の向う側で、星香の実の姉であり日奈の従姉〜今は義理の姉〜である、
月乃の子供が産まれようとしていた。
一般に妖怪と呼ばれる存在がどのように生まれてくるかについては色々な説があるが、
いまだ明確な“誕生”の場面の報告例は聞いた事が無い。
そんな中でも、化け狸や妖狐、河童や鬼のような種族が確立している妖怪に関しては、
普通の生物と同様に子孫を残すことができる(ただし、極めて出生率は低い)のは、
妖怪の中では比較的よく知られている事実だった。
星香や月乃のような雪女の場合もそれに近いが、彼女たちは雪“女”である以上、
同族内で子孫を残すことはできない。
(雪山で赤ん坊をつれた雪女を見たというパターンはずいぶん昔からあるが、
多くの場合、この赤ん坊は雪童や雪ん子といった妖怪であり、雪女とは異なる)
普通、こうして子供ができるのは他種族〜普通は人間〜の男と交わった時であった。
産まれてこようとしている子供の父親、星香の義理の兄となった信之は、
目の前の襖の向うで月乃の側につきそっている。
「お兄ちゃんと、月乃姉さんの子供かぁ・・・」
日奈の言葉には、期待の他に若干の不安の響きがふくまれていた。
彼女が心配しているのは、過去に人間(型)以外の種族との子供が産まれた例が無いことだった。
月乃も星香も、普通の人間を父親として産まれてきた。
従妹の日奈の父親は氷の精霊だったが、外観上は人間と同じようなものだ。
人間の男との間に生まれた子供は、普通の人間として一生を終えることも多く、
むしろ星香や月乃のように雪女として覚醒することは少ないとも言える。
今回、父親は人間の姿をとっているとはいえ、その正体は氷狼、四つ足の獣である。
普通の人間となることは無いと考えていいだろう。
単純に考えれば雪女か氷狼のどちらかであろうが、半獣ということも十分考えられる。
いったいどんな子供が産まれてくるか、それだけでも十分不安の種であった。
(きっと、信之が一番心配してるんだろうなぁ)
星香はそう考えていたが、実際のところ、その考えは少し外れていた。
信之にとっては月乃の身体が心配なだけで、産まれてくる子供の正体が何であっても、
たとえキャスバル専用ガン○ムだったとしても問題ではなかったのだ。
「ところで、子供の名前はどんなのにするのかな?」
不安な気持ちを紛らわせるようと、話題を変えるつもりで日奈は聞いた。
「そういえば、昨日信之からリストを貰ったんだった。・・・こんな感じみたいだよ」
そういって星香が取り出したのはA4サイズの一枚のメモだった。
メモは中心で左右に区切られていて、両側にいくつもの名前が書いては上から線が引いてある。
「右が男、左が女の子だったときの名前だって」
「なんだかたくさん考えたのねぇ・・・結局どれなの?」
氷河、冬真、雪乃、冷香・・・、どれも線で消されていて、残った名前を捜すのも一苦労だ。
「とりあえず3つくらいに絞って、後はつらら様に選んでもらうみたい」
雪女の里で産まれてくる子供の名前は、いくつかの候補を選び、
その中から里の長である雪の女王が選ぶのが慣例になっていた。
当然、月乃や星香はもちろん、拾われてきた信之(信乃)の名前も女王がつけたものだった。
現在の雪の女王・つららは、月乃たちの祖母にあたり、
今は月乃の母の氷雨、信之の義理の母である雪姫とともに襖の向うで月乃の出産の世話をしている。
「3つ、ね。・・・あ、これとこれと・・・ん?」
リストの中から残ってる名前を見つけていると、
二人は何かが聞こえたような気がして息を潜めた。
「・・オギャァ、オギャァ・・」
「・・・泣き声だ!」
思わず立ち上がったものの、中に入ってよいものかと逡巡している二人の目の前で、
奥の部屋に通じる襖が開き、一人の女性が出てくる。
「お待たせ。安心して、元気な女の子よ。もちろん月乃ちゃんも大丈夫」
中から出て襖を閉じた雪姫が二人に告げる。
それを聞いた星香と日奈は、ほっと安心して胸をなでおろした。
「お疲れ様でした、叔母さま。」
先ほどまで自分が座っていた座布団に正座した雪姫に、星香は声をかけた。
「ま、ね。何だか、氷雨があなた達を産んだときより、疲れたかもね」
「・・・で、どんな子なの、お母さん?」
雪姫と星香と自分、そして中にいる3人のために冷たいお茶を淹れると、
日奈は一番の心配事について尋ねた。
「どんな子って言われてもねぇ。とりあえず赤くて角がついてたりはしないわよ」
「当り前でしょ、どうやったらお兄ちゃん達から赤鬼みたいな子が生まれるのよ?」
隣で星香はシャ○専用機?と心の中で思ったものの、とりあえず口には出さない。
「真面目に答えてよ!」
拳を握りしめた日奈の周囲に冷気が渦巻く。
彼女が本気で怒り出す前兆であることは、この場にいる二人ともが知っていた。
「見た目は普通の女の子よ。あなた達と同じ、ね」
あんまり娘をからかうのも良くないか、と思ったか、雪姫は真面目に答える。
「それって、わたし達と同じ、雪女ってこと?」
「・・・それは、まだ分からないわ」
雪姫の答えは微妙なものだった。
彼女が知っている限り、子供が雪女として覚醒する場合でも、
それまでは人間とほぼ同じように育つはずだ。
実際、日奈や星香、月乃が雪女として覚醒したのもある程度成長してからだった。
生まれた子が普通の女の子のように見えても、妖怪としての本性はどんなものか?
それはこれからの成長を見守っていくしかないだろう、と彼女は考えていた。
「ま、とりあえず無事に生まれたんだし。それだけで十分じゃない?」
「ああ〜っ!星香ちゃん、それ私が言おうと思っていたのに〜!」
本気ですねている母親を見て、シリアスな会話が続かない人ね、とあきれる。
「そうね・・・月乃姉さん達の娘だもん、きっといい子だと思うし」
日奈も、生まれてきた子が幸せに育ってくれるなら、
その正体が何であってもいいと思えるようになっていた。
現にこの雪女の里には雪ん子や雪童といった雪女以外の妖怪も住んでいたし、
氷狼の信之も里の一員として立派に認められている。
仮に里で暮らさなくても、人間の世界で暮らしていくことだって可能だ。
(大きくなったら、Nightsの看板娘にもなれるかもね)
翠色の制服を着て注文をとっている月乃の娘の姿を思い描いて、日奈は笑顔をうかべた。
「「かわい〜!」」
眠っている赤ん坊を初めて見て、星香と日奈は声をそろえて言った。
「そーだろ、そーだろ。なんてったって、俺と月乃さんの子供だからな」
やたら偉そうに胸をはる信之の隣で、月乃は恥ずかしそうに頬を染める。
「で、名前は何ていうの?」
星香が聞くと、日奈も聞きたそうに信之の方を見る。
信之は月乃と娘を見ると、妹たちに答えた。
「つらら様に決めてもらったんだけど、綾奈(あやな)っていうんだ」
そのつららも、名前を決めた後は自室に戻って休んでいた。
雪の女王といえども、さすがに今回の出産には少々疲れが出たらしい。
(この子はきっといい子になるでしょう。わたくしが保証します)
この言葉は月乃にとって、何よりも心強く、喜ばしい言葉であった。
「綾奈ちゃん、かぁ。うん、女らしくていい名前だと思うよ!」
日奈は自分の名前から一文字使われていることも気に入ったらしい。
「綾奈ちゃん、お母さんみたいにきれいな子になるんだよ〜」
星香が綾奈に話しかけるのを聞きながら信之と月乃は、
“幸せってこういう時間のことをいうのかもしれない”と考えていた。
「くれぐれもお父さんに似ないようにね〜」
「余計なお世話だっ!・・・ま、俺としても月乃さんみたいにかわいい娘になってほしいが」
「・・・相変わらず旦那バカなのね、お兄ちゃん」
芽衣;「いつまでたっても新婚気分がぬけてないみたいねぇ」
来夢;「いいなぁ。わたしも綾奈ちゃんに会ってみたいです〜」
【終】
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