Sweet Snow Story.信之&月乃〜新婚編〜
Sweet2.信之&月乃〜新婚編U〜“Come on, Baby!”
芽衣;「そういえば、結婚式以来信之くんには会ってないけど、どうしてるかしら?」
日奈;「この間も電話で話したけど、元気に新婚してるみたい。こんなふうに・・・」
「おかえりなさいっ」
雪山の入り口近くにある、真新しい一軒家から聞こえる声。
ここに氷狼の信之と雪女の月乃が住むようになって2ヶ月ほど経つ。
もちろん、今の声は仕事から帰ってきた信之を迎える月乃の声である。
「ただいまむぎゅっ」
玄関を開けて靴を脱いでいるときに後ろから飛びつかれ、思わず妙な返事をしてしまう信之。
内気でおとなしい月乃だったが、結婚してからはこんな積極的なところも見せるようになっていた。
後ろから抱き付いたまま信之の肩に顔をのせ、頬をすりよせる。
「しのさん、あのね、今日も星香ちゃんがね・・・」
いつものように、今日も妹の星香が遊びに来ていたようだ。
「・・・あのさ、月乃さん・・・ちょっといい?」
ふにゃ?とそのままの姿勢で疑問符を頭上に浮かべる月乃。
「なんか、その・・・、ちょっと重くなった・・・?」
疑問符に変わって、『がーん』という文字が浮かびあがる。
「き、気のせいだと思う・・・よ、うん、そうだと思うけど・・・ははは」
乾いた笑いをしながら、そろそろと抱き着いていた身体を離す月乃であった。
次の日、また例によって遊びに来ている星香。
「いいじゃないの。どうせ暇なんだし」
「・・・でも、“すぽーつせんたー”ってどんなところなの?」
信之に言われたことを気にして、星香に相談した答えは『運動しよう』だった。
「簡単に言えば、体を動かすのにちょうどいい設備のあるところ、かな」
月乃たちの家から車で20分ほどのところに、最近新しくスポーツセンターができたらしい。
「ね、とりあえず行くだけ行ってみない?ほら、無料お試し券も2枚あるし」
そう言って、星香はバッグから券を取り出してひらひらとさせた。
「あ、あのね、星香ちゃん」
「ん?なに?」
なんか問題でも?という顔で聞き返す星香に、
「なんでそう都合よくお試し券なんて持ってるの?」
・・・・・・・・・
「ぐ、偶然よ、偶然。実はね、叔母様がそこでインストラクターやってるのよ」
「ええっ、お義母様が?・・・全然知らなかった・・・」
叔母様、月乃にとって今は義母である結城 雪姫。
日奈の実の母であり、妖怪化する前の信之を雪山で助けて育てた人(雪女)である。
すでに350歳を越えるが、外見は娘の日奈とさほど変わらない歳にしか見えない。
もちろん、雪女の例にもれず、かなりの美女である。
次期雪の女王候補という、雪女の里でも重要な地位にある彼女だが、
好奇心の旺盛な日奈の母親らしく、現在でも人間社会に下りてくることが多い。
完全に自給自足ができる雪女の隠れ里だが、時には人間社会の通貨が必要になることもある。
彼女が稼いだお金は、雪女の里にとってなかなか貴重な現金となるのだ。
ちなみに、星香も時々アルバイトをして稼いでいるらしい。
「それでね、一回遊びにおいで、ってこの間会ったときにもらったのよ。お姉ちゃんの分もね」
「う〜ん、・・・どうしようかな・・・?」
「ね。善は急げって言うしさ。これから行ってみましょうよ」
「ただいま〜。・・・?」
夕方、仕事から帰ってきた信之は、いつもの出迎えがないのを不思議に思っていた。
(昨日言っちゃったことを気にしてるのかな・・・?)
実は言ってから“しまった”と思ったのだが、後悔先に立たずである。
(誠二だったら絶対言わないだろうなぁ)
女性(一部除く)に対してこんなミスは絶対しないであろう友人のことを思い出して、信之は苦笑した。
「・・・う・・・」
そのとき、奥から妙な声が聞こえた。
月乃かな?と思った信之は、声の聞こえた方−そっちには洗面所がある−へ行ってみる。
「・・・月乃?」
「あ、お、おかえりなさい!は、早かったのね」
予想通り、そこには月乃がいた。信之の方へ向き直って出迎えながら、慌てて口元をぬぐっている。
「?いつもと同じ時間だけど・・・どうかしたの?」
「な、なんでもないの。すぐ晩御飯の支度するから、ちょっと待ってね」
とてとてと台所へ入っていった月乃の背中を見送りながら、何か変だな、と首をかしげる信之だった。
その後も、月乃の様子はいつもと違っていた。
食事の時はあまり箸が進まない。リビングでテレビを見ていてもどこかぼーっとしている。
一人でシャワーを浴びてさっさと寝てしまった月乃を見て、信之は日奈に電話で相談してみることにした。
「・・・ってまぁ、そんな様子でさぁ」
昨日からの出来事を日奈に話した信之は、そのまま妹の返事を待つ。
「あのさ・・・お願いだから、それくらい自分で分かってよ。何年生きてるの?」
あきれたような声で返ってきた言葉に一瞬絶句する。
「そ、そーゆー言い方するか、普通?!」
「ほんと、女心が分かってないんだから。わたし、明日も朝からバイトなのよ。おやすみ〜」
「あ、こら、ちょっと待て!・・・・・・ほんとに切りやがった・・・」
あっさりと切られた電話をうらめしそうに見ながら、しかたなく自分で考えてみる。
一番気になるのは、夕方の洗面所の出来事。
口元をぬぐっていたことから、あれは吐いていたとみて間違いないだろう。
そして時々見られるだるそうな表情。
普通の人間なら、風邪か何かと思うかもしれないが、妖怪は普通の病気に感染することはない。
さらにわずかに重くなった体重を合わせて考えると・・・
(ま、まさか・・・あ、赤ちゃんが?!!)
心当たりは・・・
(もしかして・・・あの時か?それともこの時?ああっ、こんなこともあったっけ・・・)
・・・山のようにあるようだ。
「・・・それなら・・・」
何やら覚悟を決めたような表情でうなずくと、灯りを消して眠りにつく信之だった。
翌朝、いつもと変わらない朝をすごす二人。
「それじゃ、行ってくるね」
「いってらっしゃい、しのさん」
信之はいつものように玄関を開けると、振り返って言った。
「あのさ・・・あんまり激しい運動とかしないようにね」
「しのさん?・・・も、もしかして、気づいてたの・・・?」
驚きに目をみはる月乃に、信之は優しく微笑んで「いってきます」と言って出ていった。
そわそわと落ち着かない一日を過ごした後、
『そういえば甘いものとかすっぱいものが食べたくなるって聞いたことがあったな』
と、桃とパイナップルの缶詰を買って帰宅した信之は、家の前に白いインプレッサが止まっているのを見つけた。
(なんだ、星香が来てるのか)
「ただいま〜」
玄関を開けると、予想どおり二人の他に一組の靴があるのを見つける。
「お帰りなさいっ、しのさん!」
「よ〜、お邪魔してるよ」
信之は出迎えた月乃と星香に、お土産だ、と缶詰を渡した。
「何?お土産って、もも缶?」
期待外れ、といった顔で聞き返す星香。
「何を期待してるんだ、お前は。ほら、妊娠するとすっぱいものとか甘いものが欲しくなるっていうだろ?」
「・・・にんしん?誰が?」
何言ってるのか分かんない、という感じの月乃と星香の様子に、
「誰って、・・・決まってるだろうが」
とまどいながら返す信之。
それを聞いた星香は次の瞬間、思わず腹を抱えて笑い出した。
月乃は真っ赤になって恥ずかしそうにうつむいている。
二人の反応に、信之はわけが分からなくなる。
「だ、だって昨日つわりで吐いてたし・・・」
「あ、あれは・・・」
恥ずかしくて何も言えなくなっている月乃に代わって、なんとか笑いがおさまってきた星香が答えた。
「スポーツセンターで張り切った上に、終わってから極甘のケーキ食べたら気持ち悪くなっただけよ」
「・・・はぁ?すぽーつせんたー?」
まだいまいち理解できてないようである。
「しのが『重くなった』って言ったから、ちょっと運動しようと思って行ってきたのよ」
「そ、それじゃ、昨日食欲が無かったり、さっさと寝ちゃったりしたのは・・・」
「そ、それは、あ、あんまりにも疲れてたから・・・ごめんなさい・・・」
まだ赤い顔のまま上目づかいに見ながら、月乃が答える。ここへきて、ようやく理解してきた信之。
「それじゃ、今朝『気づいてたの?』って言ったのは?」
「『激しい運動しないように』って言ってたから・・・急に運動しすぎたのに気づいたのかな、って思って・・・」
「そ、そんなぁ・・・」
再び爆笑している星香を横目に、信之はがくり、とひざをついた。
「ま、まぁ、そんなに気を落とさないでよ。別に悪いことしたわけじゃないし・・・笑えることだけど・・・」
「せ、星香ちゃん、あんまりフォローになってないよ・・・」
「・・・だいたいさぁ」
がっくりとしていた信之がふっと顔を上げて二人を見て言った。
「ダイエットのために運動しに行ったあとで、ケーキなんか食べてくるか、普通?」
「だってぇ〜、叔母様がおごってくれるって言ったもん〜」
「こ、断ったんだけど・・・」
雪姫と星香に誘われて月乃が断りきれるわけがない。
あれこれ言いくるめられて連れて行かれたというところだろう。
「ったく、母さんも何やってるんだか・・・」
憮然とした顔の信之に、月乃は後ろから抱き付く。
「心配かけてごめんなさい。・・・それと、心配してくれて、すごくうれしい・・・」
「その、なんだ。早とちりした俺も悪かったから・・・」
「・・・ごちそうさま、ね。ほんと、甘すぎて見てられないわ」
そうは言っても、実のところ星香は幸せそうな二人を見るのは嫌いではない。
姉が過去に悲しい恋を経験したことを知っているため、
こうして幸せになった姉の姿を見られることは何よりもうれしく感じられるのだ。
「うふふっ」
「どうしたの、お姉ちゃん?」
急に笑いだした姉を見て、星香は不思議そうにたずねた。
「わたし、なんだかうれしい気分になったの。わたしたちの子供のこと考えたら・・・」
そう言って、月乃は信之をぎゅっと抱きしめるのであった。
芽衣;「恥ずかしいくらい甘い新婚生活してるわねぇ・・・」
来夢;「日奈さん、月乃さんが急なダイエットで調子崩したことに気づいていたんですか?」
日奈;「・・・わたしも昔、似たようなことがあったのよ(苦笑)」
そして一ヶ月後。
「・・・あ、あのね、しのさん・・・」
「ん?どうしたの?」
「あ・・・赤ちゃんができた・・・みたい・・・」
【終】
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