10.2016年の練習録

 

曲を決めて頁を起こすと、挫折後の残骸がみじめになりそうなので、曲を絞らず現況記録することにしました。年明けから狙いをつけた曲が曲ですから・・・

2016年1月:トッカータ三昧

年明け、帰省から帰って来た翌日の1月3日からドビュッシーの「トッカータを突然練習し始めた経緯は、こちらの頁にも少し書きました。

12月30日の、昔のピアノ仲間との忘年会に出るまでは、ドビュッシーを練習することは全く考えておらず、昔の仲間にも「最近は編曲物をもっぱら漁っている」などと申しておりました。

ピアノを弾きながらの忘年会が長くなり、途中でドビュッシー大会になって、長男が発表会で弾いた「アラベスク1番」だけは私も弾いたりしたのでした。そこで、

サークルに入って間もない頃に、M氏=「管弦楽のための夜想曲より”祭り”」の楽譜を提供いただく他一番お世話になった先輩=から、「お前はドビュッシーを弾かない方がいい」と言われたのが、ずっとトラウマになっていたんですよぉ、とウン十年ぶりに当のM氏にカミングアウトしたりしていたのでした。勿論M氏が覚えているはずはなく、「お前のピアニズムとドビュッシーが合わないと思ったんだろうな」と言っていました。実際のところ、言われた私も当時から弾きたいドビュッシーは余り無く・・・それ以降に弾きたいと思わなかったのにはトラウマも加わっているかもしれませんが・・・「そうかもしれない」とは思っていたのでした。

で、その場で、私が昔から自分で弾いてみたかった数少ないドビュッシーである「ピアノのために」をリクエストしたのですが、誰も弾いてくれなかったので、今回でトラウマも克服したことにして、第3曲「トッカータ」を年明けから突然練習し始めた、のでした。

この曲を練習しようとして全音の楽譜を買っていたのですから初見ではありません。卒業後だったと思いますが、かなり若い頃に譜読みしたはずです。しかし、当時は全くダメダメで諦めました。遅いテンポを保っての練習が出来なかった、それを何とかしようとしても、中間部の4:3に引っかかって、ゆっくり弾くこと自体がままならなかった、という記憶があります。当時は「自分には弾けない曲だろう」と思っていたような気がするのですが、

今回弾いてみると、結構弾けます。昔に比べて、4:3には断然強くなっています。ショパン=ゴドフスキーの「練習曲1番」、サンサーンス=ゴドフスキーの「白鳥」を少し混ぜる他は、8割方この曲に集中した結果、プロが皆4分以内で弾くこの曲を、3週間で6分以内でならまずまず弾けるようになりました。

更にテンポを上げることを考えるところなのでしょうが、どうもこの曲をそこまで速く弾く必要があるのか、腑に落ちていないまま、ふと、ダメ元で、ラヴェルの「トッカータ」の楽譜を手に入れてみました。

私がラヴェルを好きでないことは(リンクは張りませんが)あちこちに書きました。多分一番嫌いなのが「夜のガスパール」の「スカルボ」なんでしょうが、「クープランの墓」も全体としては好きでなく、という以前に、メロディを思い出せるのが「トッカータ」の他では「プレリュード」くらいなもの、なのですが、しかし、トッカータだけは「別腹」です。

大学に入って間もない頃、2年上の先輩の(多分)完璧な演奏に、ただただ唖然とした記憶があります。ちょっと楽譜を見てみて(当時はデュランの楽譜しかなく、これがまた高価だった)、5小節目の和音が既に窮屈で掴みにくいのでこれは無理だろう、ということで、自分では弾かない曲と決めていましたが、

今回楽譜を入手して1月23日に弾いてみると、全曲ほぼ初見(多く見積もっても冒頭1,2頁を1,2回弾いただけのはず)だったにもかかわらず、20分くらいで最後まで通ってしまいました。想像していたより遥かに楽譜が読みやすいです。リズムには難しさがないので助かったのでしょう。5小節目の和音は実は全曲中一番窮屈な和音だったことも初めて知りました。(最後の頁の左手10度和音の方が問題ですが、これは「窮屈」には該当しません。)

一生縁が無いもの、と決め付けていたこの曲が、もしかしたら弾けるかもしれない、となったので、朝と夜9時までのグランドピアノに加えて、久しぶりに電子ピアノも動員して、ドビュッシー:ラヴェル=2:8くらいで、練習しまくりました。その結果、初見から一週間で、9分以下で通るところまで来ました。

その代償に、「深夜1時の電子ピアノのカタカタ音が聞こえてきて隣室で目が覚めた」と家内からクレームがつき、電子ピアノをウォークインクローゼットに押し込めようか、という話にもなっていますが。

難曲であるのは間違いないですが、派手に難しそうに聞こえる割には手の動きが合理的で、意外と簡単な面があります・・・だから一流プロなら誰でも弾けるんだな・・・。同音連打が多いのですが、今の私のテンポだと連打で難しくなる場面はなく、手の交差の難しさに置き換えられています。それ以上に難しいのは最後2頁の空飛ぶ和音ですが、同一ポジションでごちゃごちゃされるよりは私には有難いので、「意外と簡単」という感想に今はなっています。コーダまでの指定テンポ維持は全人類に不可能というのを別にしてもスクリアービンの4番の方が難しいのではないか、とも思います。

この曲も、プロは皆4分以下(ついでにいうと、プロコの7番の終楽章も同じくらい)なんですね。楽譜を見ながら音を探りながら弾いているのを全部解消できれば、これも6分くらいでなら弾けるようになると思いますが、その先どのくらいのテンポで弾けるようになるものか、全く見当が付きません。(ここまで16.01.31)

 

 
2016年2月:まだ続くトッカータ三昧

この一週間も、2つのトッカータばかり弾いていました。電子ピアノの引越しは面倒なので、深夜のカタカタは自粛しました。その代わり、居間で子供達がテレビの録画(CMスキップの出来ないリアルタイム視聴は家内により原則禁止?)を見る時間帯などで、電子ピアノを小まめに活用しました。大分譜読みも出来てきたので、先週より短い時間でも回数は稼げます。そもそも睡眠時間まで削っての練習など、長くは続けられないようです。

ドビュッシーは、ほぼ暗譜しましたが、最初の#7つの直前の、ダブルシャープが頻発するところが覚えきれません。おまじないに当該頁を開いておくと、音を一つずつ拾う暇はなくとも楽譜を見るとは無しに見て、それで弾けてしまうのですが、楽譜なしだと大抵上手く通過できません。まずまずミス少なく弾こうとすると、5分半くらいです。プロの2/3くらいの速さになります。

ラヴェルは、最初の頁がなかなか詰まらずには通過できませんが、2頁目3頁目はほぼ問題なし、4頁目の#6つになってからの、両手が重なりながら動くところはようやく自分で弾いている音が繋がって聞こえ出しました。6頁目も楽な方です。7頁目頭の、あれが「バスク風」なんでしょうか、右手が低い音域に来て弾きにくいところがあります。ここから8頁目の前半にかけて、派手に盛り上がりますが、実は楽でした。8頁目の真ん中、最低音からドコドコ上がってきてから以降は大問題で、特に16分音符で左手大跳躍になる何箇所かはこの曲の律速段階になるのでしょう。最後の頁の残り半分は相対的にはまだ楽になります。ほぼテンポ維持で最後だけ少し落として7分くらい、プロの半分をやっと超えたくらいの速さです。2週間でよくここまで来たな、ですが、この先で伸び悩みそうな予感は大いにあります。(ここまで16.02.07)

 

ドビュッシーもそうですが、特にラヴェルは元々私の守備範囲外だったので、ネット上でちょっと探してみました。
まずは、私の過去唯一のラヴェル演奏だった「ボレロ」作曲者自身による連弾編曲版につきあってくれた、まりんきょ氏の「クープランの墓の思い出」という頁を読み直してみました。学生時代に目の前で「プレリュード」は弾いてくれたような気もしますが、「トッカータ」をどうにかしようとしているような様子は一切見せていなかったようにも思います。「私の知るあるアマチュアピアニストは、この曲を完璧に弾いてのけた」、とあるのは、間違いなく、私が唖然とした2年上の先輩の演奏だと思います・・・という思い出話はさておき、

クープラン時代の様式による追悼組曲という頁をみつけました。「クープランの墓」という標準和名が思い切り誤訳であり、第一次世界大戦で亡くなった友人達への追悼組曲であることを、ここで初めて知りました。「彼は個人的な感情を覆い隠して作品を完璧に仕上げることがままあるが、この作品は逆に完璧さがその感情をはっきりと表現することになった。絶対音楽として圧倒的に素晴らしい組曲だが、ラヴェルの想いに心を寄せつつ聴いて、あるいは弾いていただきたいと切に願う。」 というあたりが、「トッカータ」だけが「別腹」になった所以か、と何となく感じていたところで、同じ人の「」解説頁の冒頭に「この曲集から楽譜を見ただけではラヴェルの音楽を理解することが不可能になる。」 とあるのを見て、私なりに腑に落ちたものがありました。

この文章を読んで、浮かんできた言葉が「第二芸術」でした。補足説明がないと鑑賞できない俳句は、「第二芸術」とでも呼んで区別すべきである、という論があったのではなかったっけ・・・と思ってwikiを見てみると・・・少し違ってました。ややこしいのは、俳句に対して「第二芸術論」を吹っかけた方は『俳句に比べて、おフランスの芸術は素晴らしい』と言っている一方で、「鏡」を解説した人は『だから、おフランスのラヴェルは素晴らしい(のだが、あんたらにはどうせ分かるまい)』と言っている、というところです。

わざわざ「アパッシュに関する理解なしでの演奏は許されない」などと言われるまでもなく、ぜーったいに弾かないもんね、てなものです。この「第二芸術」に該当する「鏡」に比べれば、同じ解説者に「絶対音楽として圧倒的に素晴らしい」と言われている、補足説明不要の「クープラン時代の様式による追悼組曲」の方が、私には断然親しみを持てるのですが、それでも「トッカータ」以外の曲には食指が動かないのです。

メトロノームは八分音符150だと、さほど酷くならずに弾けます。体感的には Molto Allegro か、もしかしたら Vivace でもいい位に速いと感じるのですが・・・楽譜指示は四分音符144なので、半分強の速さでしかないのです。144は最終目標ではなく、120を超えられれば御の字、と今は思っていますが、それでも現況より5割以上速いテンポになります。最初の一頁をノーミスで弾ければ、その先は同じテンポで大体弾けそうな気がしてきました。右手だけなら、一番難しいのが実はこの頁のようです。(ここまで16.02.21)

 

 
2016年3月:ちょっとした工夫

2月が終わって3月に入っても、トッカータ2曲を2:8くらいの割合で練習している状況に変わりありません。
ラヴェルの方はメトロノームを付けたり付けなかったり、で、付ける時は八分音符あたり150から10ずつ上げて、今は190でも、さほど酷くならずに弾けます。テンポ維持に神経を向けずに済む分早く弾けるようです。メトロノームなしだともっとゆっくり、170くらい、でしょうか。

とまあ、状況に変化が無さ過ぎるので、譜例でもつけて、膨らましてみようか、と思って、ドビュッシーの方をIMSLPから、まずはペーターズ版をダウンロードしました・・・と、全音には一切付いていなかった指使いがついているではないですか。ちょっとだけ見てみましたが、自分のと違いすぎるので・・・・初版のリプリントをダウンロードし直してみたところ、こちらは指使いが無いので、こちらを譜例のベースにすることにしました。

開始早々の13小節目から16小節目ですが、ここに譜面の不一致がありました。

初版(上記)とペーターズ版では、左手のテヌートとスタッカートが、−・−・−・−・−・−・−・−・ と規則的に並んでいるのですが、私が見ていた全音版では、−・−・−・・−−・−・・−・− と一部入れ代わって不規則になっています。
全音でも、終わり近くでもう一度同じ音形が現れる210小節から213小節では、規則的並びになっていたので、「こんな不規則を覚えるのは面倒くさいし、何でこうするのかも分からない」ということにして、13小節〜16小節も規則並びで弾くことにしていたのですが、初版を見て、私の判断に一定以上の妥当性があることを確認できました。

45小節目の最後の音、当初は律儀に右手で取っていたのですが、これでは速度をあげられないので左手にしました。

練習再開から2週間以上経過していて、46小節目の指を変える気もせず、中途半端かもしれませんが、3−5の逆ジャンプにして、慣れるのに時間は暫くかかりましたが、最近では完全に定着しました。

下は61小節目から64小節目ですが、現時点で一番不安定なのがここ。

当初は譜面どおりの左右振り分けで弾いていたのですが、どうにも速く出来そうな気がしなかったので、62小節と63小節で左手を出すことにした、のですが、既に3週間練習してから切り替えたものですから、右手の、54321としているのところで、43214みたいに勝手に動いたりして安定しません。64小節で右手が一音下に飛ぶ(66小節も同形)のを1の指で取ればよいと気づいたのが練習再開2ヶ月経過後のつい最近だったりして、ここも安定しません。

下は105小節から112小節、当初どう弾けばいいのか見当も付かなかったのですが、ここは初期からから指使いを検討していたので、現時点では安定しています。

左の下降音形で、1回目は2から、2回目は1から、3,4回目は3からスタート、にしたあたりが苦心の指使いです。

これに続く4:3のところは、リズムもさることながら、左手のアルペジオの幅が広く簡単ではないのですが、指使いはありそうな範囲内で弾いていると思います。

下は173小節から。

175小節の左手の跳躍が、どうしても遅れる・・・と思っていたのですが、コロンブスの卵で、左手が入れるまで右手を待たせることにしました。練習再開後1ヶ月以上は経ってからの気持ちの変更だったのですが、これはすぐに定着しました。録音を聞いたわけではないので、どのくらい待たせているのが変に聞こえているのかは存じませんが。(以上、16.03.06)

ラヴェルの方では、指使いに迷う余地は余りないように思います。左右の振り分けも、楽譜指示からの変更の余地は余りなく、変える可能性のあるところというのも大体見当付くだろうと思います。下は91小節からですが、

赤で示した94小節の2つ目は、そのまま左で弾いた方が楽です。この94小節以降、楽譜を見ても音が全然浮かんでこない地帯が続きますが、ここで下に入る右手の背を低くする指使いにするか、右手として動きやすい指使いにするか、という二択にはなると思います。私は後者を採用しました。

個人的にちょっと工夫したのは、椅子の高さでした。これまでは椅子の高さについては無定見でした。不破さんのこの頁を拝見して、かなり低めにしてみたり、子供に習わせ始めてからは子供に合わせた高さのままで弾いていたり、で実にいい加減だったのですが、この曲を私が弾くのであれば、かなり極端に高いのが良かったようです。下は173小節からですが、

右手が低い位置に行くだけで、難易度が1ランク上がります。これを緩和するのに、肘を極力手の正面に近づけたくなり、そうするには椅子は高め&遠めで背筋を伸ばして弾く、のが私には合っていました。

これまで八分音符でメトロノームを付けていましたが、これを四分音符に変えて、80/90/100/110の何れかでやっています。今はまだ110だとかなり怪しいですが、もう少し練習すればここまでなら行けそうです。全曲を4分半で弾ける速さですから、この辺りで妥協することになるのかもしれません。(以上、16.03.20)

 

 
2016年4月:暗譜・・・

4月に入っても、トッカータ2曲を2:8くらいの割合で練習している状況に変わりありません。
で、書くようなことは余り無い・・・ああ、ひとつありました、両曲とも楽譜を出さずに弾いています。完璧に覚えられたから暗譜に移行しました、というほどのものではありません。

ドビュッシーの方は、全体に譜めくりしにくい楽譜であることもあり、割と早くから部分的に覚えて、問題箇所の頁を開いた状態で弾き始める、をしばらくやっていましたが、そのうち最後まで通るようになったので、問題箇所の頁も開かなくなりました。

ラヴェルの方は、譜めくりはしやすいのです。1頁目の譜めくりは困りますが、3頁目は5小節同音連打のところでめくれますし、5頁目も6頁目の最初の小節だけ覚えてしまえば、続く2小節同音連打でめくれます。7頁目は困るのですが、8頁目をフェルマータまで覚えてしまえば、そこでめくれます。と、やっていたのですが、これも今月のどこかから譜面台に広げなくなりました。

ラヴェルのテンポは、ほんの少し上げています。メトロノームを付けずに普通に弾いて5分半、ということは四分音符90平均ですね。四分音符100を超えて全曲5分を切るのは必達と思っているのですが。メトロノームを付ける場合の最高は110に留まったままです。(以上、16.04.24)

 

 
2016年5月:ゴドフスキーも弾いてみたい

5月に入って、トッカータ2曲の状況には、さらに変化がありません。行き詰まり?
ラヴェルは、一度だけ120で弾き始めて見ましたが、1頁目で既に追いつけなくなり断念しました。大して変わらないようでも110なら最後まで辿りつけます。でも、現状はメトロノームつけるなら100という感じです。メトロノームを付けずに普通に弾いても四分音符100に近づいてきているようです。

行き詰っているから、というべきか、大分弾けるようになった気でいるから、というべきか、微妙ですが、他の曲を加えてみたくなりました。昨年リストの「クリスマスツリー」より「ポーランド風」を急遽弾くことになった(いきさつはこちら)より前に練習していた、ゴドフスキーです。

「白鳥」(サンサーンス原曲)の方は、暮れのピアノ仲間の前でもまずまず弾けて、今もそのくらいには弾けるので、特筆すべきものはありません。問題は「ショパンの練習曲によるエチュード第1番」(Op10-1による)です。あこがれ演奏はこちら・・・

この曲も、昨年秋には電子ピアノも併用して弾いていました。それが「ポーランド風」「プレリュード」2曲を人前で弾くことになり、練習頻度が落ちると、なにせ難しいですから、音がしっかりとれなくなり、そうなると弾き手にとっても「つやけし」になってしまって、弾く気が減退していく、という悪循環に入っていました。

「つやけし」から復活させるためには、ゆっくりでいいからちゃんと弾けないといけません。そこで片手練習をやってみました。私の場合、片手ずつの練習をするというのは、極めて稀なことです・・・いい加減なアマですから。左手片手で、ショパンの原曲の3/4(原曲は4拍子で4オクターブ上がるところ、ゴドフスキーは3拍子え3オクターブに圧縮)の、そのまた9割がたはカバーしていますから、(弾ければ)十分曲になります。片手であれば、楽譜を見る余裕もめくる余裕もありますので、これで弾けないところをつぶしていこう、として、夜の電子ピアノも含めて、ある程度練習しました。昨年秋くらいには「つや」も戻ってきました。

・・・が、某団体との戦いが正念場を迎え、私もそのサポートで忙しくなり、5月下旬はまた練習頻度低下です。(以上、16.05.29)

 

 
2016年6月:姿勢について

3月のところで、一旦椅子を「高め&遠め」にしました。が、ゴドフスキーのアルペジオがこのままではどうも当たり難いのです。腹の前に回す自由度はそのままに肘を低い位置にもっていけるよう、今度は「本人比最大限に遠め」にしています。高さは・・・本人比やや高め、くらいでしょうか。

椅子の高さがどうであっても適当に弾いていた無定見男ですが、脇を締めたら鍵盤に届かなくなるというのは記憶に無く、「本人比最大限遠め」で間違いないと思います。これでラヴェルもドビュッシーも差し支えなく弾けているようですから、私にはこれで良かった、のでしょうか・・・???

ラヴェルは、120でも最後まで辿りつけるようになりました。メトロノームを付けずに普通に弾いても、四分音符100に近いところで、それもテンポの安定度が少しずつでも向上しているようです。

ドビュッシーは、「一方の手が追いついていないところは反対側が待つ」のを、3月に書いたところに限らず、全曲に渡り幅広く意識するようにしたら、途中での予定せざる加速が抑制されて、基本テンポがあげられるようになった、ようです。こちらは「仕上がり」が視野に入ってきました。

ゴドフスキーのエチュードは、まだ左手のみの練習が中心です。左手だけなら、イメージに近いテンポ・・・アムランよりは大分遅いですが・・・で概ね弾けるようになりました。これが両手にすると、余り練習していない右手ではなく、やはり左手が足を引っ張る状況です。両手の場合には胴体は左右には余り動かないはずですので、片手の時から胴体を動かさない意識で弾こうとしているところ、です。まだまだ先が見えてきません。(以上、16.06.26)

 

 
2016年7月:子供のピアノのお稽古終了・・・

子供二人のピアノのお稽古が終了となりました。突然、と思うのは、私が鈍かったのでしょう。

一人で帰省して帰って来た土曜日の夕方、子供二人がグダグダしていたので、「ピアノの練習はやったんか?」と怖い顔でにらんで練習させたのですが、実はその前の金曜の夜に、次男が家内に止めたい、と言っていたのでした。

長男が中学に上がり、部活でかなり忙しくしていたので、厳しいかな、とは薄々感じていたのですが、その長男より前に、次男から「パパが怖い」「練習しても指が動くようにならない」「ずーっと我慢していた」との訴えがあったとのこと。TVゲームに向けている情熱の1/10でも向けてくれれば、練習の成果もあがっただろうに、とも思うのですが、一方では、次男には向いていないお稽古事をここまで頑張ったとも思えます。

長男の方がピアノには向いていたと思うのですが、こちらも本当に練習する時間が取れないので止めたい、という本人の意思を確認して、翌日曜日に先生宅に全員で挨拶に伺い、終了としました。

終了してみて、息子二人にピアノを習わせている父親でなくなったこと、が寂しいです。二人の子供がそれぞれ発表会で弾いた、バルトーク「ルーマニア民俗舞曲集」を弾いてみたら、子供達が寄ってきました。「何でも好きな曲を弾いていいんだよ」と言っておいたら、私の居ない時に長男が、自分の発表会候補曲に一瞬なりかけた、リスト「ポーランド風」をちょこっと弾いていたようです。

先生からも「お父様が教えられるのでいいと思っていました」と言っていただいたので、プレッシャにならなくて、しかも興味を持たせられるような曲・・・そういうのをすぐ思いつかないから習わせていたのではありますが・・・を思いついたら、誘導してみようかと思っています。「発表会をやる時にはよろしかったら参加ください」とも言っていただいているので、できれば上手く誘導していきたいのですが。(ここまで16.07.10)

 

というわけで、ほぼ一人だけでピアノを弾いております。ここ2ヶ月ほど、家内 vs 某団体、の戦いの応援に精力を取られており、ピアノを弾く時間は取れているのですが、ピアノを含む既存の趣味のどれにも集中出来ていない感じです。

そういう中で、ドビュッシーもラヴェルも、ゴドフスキーのエチュード1番も、少しずつ上手くなり、というか、行き詰まりがはっきり、というか、なのですが、これに半年ぶりの「バッハ=ラフマニノフの無伴奏ヴァイオリンパルティータ第3番より”プレリュード”」を加えてみました。

仕上がり具合も演奏会録音も今一つ気に入らず、かつ、2曲のトッカータに夢中になって省みられなくなっていたのですが、久しぶりに弾いてみると、一部運指を忘れかけたところもすぐに思い出してきて、数回練習するうちに半年前の仕上がり以上になった気がしています。半年前には最後までテンポの安定性が欠けていたのが、ドビュッシーを途中で加速せずに弾けるようになった意識改革がこちらにも作用したようです。元がヴァイオリン曲ですから「プレリュード」ですが、編曲した時点でこれも「トッカータ」みたいなものですね。

それにしても、ドビュッシーのトッカータが嬰ハ短調→嬰ハ長調、ラヴェルのがホ短調→ホ長調、バッハ=ラフマニノフがホ長調、そして何とか動態保存しようとしているスクリアービンのソナタ4番が嬰へ長調、同じくショパンのスケルツオ4番がホ長調、と見事なまでにシャープ系で揃いました。ゴドフスキーのエチュードだけハ長調ですが。(ここまで16.07.24)

 

 
2016年8月:他の曲も弾こうとしましたが・・・

8月は、亡父の三回忌と、初の北アルプス・テント泊登山が2大イベントで、ピアノはその合間に限られました。メインの4曲(トッカータ2曲、ショパン=ゴドフスキー、バッハ=ラフマニノフ)に大きな変化はないものの、ラヴェルのトッカータが4分10秒でそこそこ通るようになりました。で、ちょっと手を拡げてみたくもなるのです。

久しぶりにシューベルトの交響曲を一通りCDで聞いて、前から気に入っていた「第2番」のフィナーレの編曲あるのかな、とIMSLPを見てみると、ありました。が、弾いてみると詰まらないです。編曲するに向いていない曲なのか、それとも編曲が下手なのか、という見分けは私にはつきませんが、とにかく原曲の魅力には遠く及ばない、碌でもないものでした。

以前から楽譜を持っている曲では、バルトーク「戸外にて」の第5曲の楽譜をまたまた引っ張り出し、またまた「やっぱりこれ難しいわ」とて、さっさと何度目かの挫折をしています。スクリアービンの4番も弾いてみましたが、毎日練習するのでなければ動態保存できるような曲ではないな、というのを改めて確認しました。

で、月末に至り、結局メインの4曲に戻っています。(ここまで16.08.28)

 

 
2016年9月:ショパン=ゴドフスキーは片手練習から。

そうは言っても、やっぱり他の曲に挑戦してみたい、というわけで、ショパン=ゴドフスキーからもう一度探してみました。全53曲中一曲だけ練習中で、残り52曲ありますが、
・左手だけのは人前で弾くのは恥ずかしい(夭逝したS君は学生時代に右手に包帯を巻いて出演していました)
・短調の曲はやっぱり陰気だから長調がいいな
・なにより、弾けないと始まらない
特に3番目の条件が厳しく、殆ど該当しそうになかったのですが、あえて、Op.25-1(エオリアン・ハープ)原曲のものをもう一度みてみました。

こちらの頁から、第23番は左手だけ、第24番は第23番の左手に右手をてんこ盛りにした、第25番は前2曲とは別の無茶苦茶に難しい編曲、らしいことが分かります。先に挙げた条件から、ねらい目は第24番なのですが、それすら難しすぎると思っていました。

今回見直してみるにあたり、第23番と見比べてみると、第24番の左手は9割方同じとも言えますが、最初の小節から違うといえば違います。第23番を練習して、できるようになったら第24番に移るというのも考えましたが、弾けるかどうかの難度の同じようで微妙に違う2つを覚え分けるのは、どう考えても無理なので、第24番の左手だけ練習することにしました。

Op.10-1原曲の第1番の場合以上に、左手だけで曲になりますので、片手練習はしやすいです。ラヴェルのトッカータなんか、あれも片手ずつ練習すべきなのだろうな、と思うものの、両手が交錯しながら音楽を作っているのを自分が片手練習できそうなイメージも湧きません。それはともかく、

第24番の左手は、3連符×2の6連符ですが、その3番目と5番目に親指を宛てる指使いを採用したので、2連符×3に読み替えて弾いています。既に半分のテンポくらいまで来ていて、思いのほか順調なのですが、これに右手を重ねられるかというと・・・第1番より大分難しそうです。夏井先生が第1番第23番の難度を星4つ、第24番は星5つとされたのが分かる気がします。(ここまで16.09.11)

 

ショパン=ゴドフスキーの2曲が、ラヴェルのトッカータに近い位置に上がってきました=ドビュッシーの地位が少し落ちました。

第1番を左手だけなら大分速く弾けるようになったので、「このテンポで両手で弾けたらいいんだけどね」と家内に言ったら、「えっ、今の両手じゃなかったの?」・・・・片手でも両手でも弾いていたのですが、テンポも大分違っていたので「似ているけど別な曲」と思われていたようです。目の前で左手だけで弾いてみせたら、「ピョンて飛んで、まるで両手で弾いているみたい」と、うけていました。しかし、アムランの憧れ演奏を聞かせたら「この人上手いねぇ、全然違うねぇ」と身も蓋もないことを言ってくれました。

第24番は、右手の練習も少ししてから両手をやってみました。まだ「通せただけ」ですが、一応通ったので、もしかしたら納得できるテンポにまで上げられるかもしれません。

ラヴェルは5分は切れるようになっています。怪しいところが現れたりもしたのですが、そういう時はゆっくりに戻して、つぶし込みしています。

それらはともかく、何故か家族マージャンをし始めたので、それも、半荘未満でもほぼ毎日つきあわされるので、晩の練習時間が丸々そちらに取られています。(ここまで16.09.26)

 

 

 
2016年10月:ショパン=ゴドフスキーには右手練習も

ショパン=ゴドフスキーの第1番、家内曰く、アムランのは「メロディが奇麗に出ている」のだそうです。それで思い当たりました。

弾いてみる曲の候補としてこの曲を見ている人(僅少か?)は先刻ご承知のとおり、原曲の両手分を拾っているのは左手です。それで、私が弾こうとする時にも、左手のメロディを自分で聞きながら、右手は邪魔にならないように合いの手を入れるイメージで弾こうとしていました。

しかし、そういうことに構わない家内は、普通の曲と同じく、高音がメロディと思って聞こうとしている、そうすると亭主の演奏は何だか左手が勝ちすぎていて、高音が聞き取りにくくて、ヘンチクリンに聞こえてしまう、となるようです。

私も最初にこの1番を聞いたときには、家内のように聞いたような気がしてきました。ということは、そちらの方が正解であるようです。右手片手をやってみると、左手片手と同じテンポ(両手で弾く時はそれよりずっと遅くなる)では、外しまくります。ほぼ指くぐりゼロの右手が、指くぐりを使いまくって繋いでいる左手よりは簡単なはずですが、ここ最近の片手練習の成果で、大分差がついてしまいました。こちらも何とかせねばなりません。

24番も同じ状況になっていくのでしょうか。ともかく家内にも「何を弾いているのかは分かる」と言われる程度にはつながるようになりました。

それらの分だけ、ラヴェルが少し荒れてきました。最後2頁、つかむ和音を再確認しながらの、かなりゆっくりな練習に戻っています。(ここまで16.10.10)

 

夏井先生によると、ショパンのOp.10-1は、平均律第1番プレリュードへのオマージュなのだそうです。で、平均律のプレリュードをそのまま伴奏にして、グノーが「アヴェ・マリア」のメロディを載せたのと、Op.10-1をそのまま伴奏音形と言うことにしてゴドフスキーが「第1番」の右手音形を載せたのと、がパラレルになる、という見方も可能かもしれません。

とか言っている割りに、この半月で1番24番ともあんまり右手練習はせず、左手と両手の方が多くなりました。どちらも片手ずつだと右手の方が見劣りする状況が続いていますが、それでも徐々に打率は上がっています。

24番は両手で繋がるようになって直ぐに、頭の中のリズムを3連符×2に切り替えています。右手の1頁目は3個目6個目が1の指になるので、2連符×3は合わないのです。途中からのリズムの切り替えは、そう難しいものではありません。

ラヴェルの荒れも治まりつつ・・・と思っているうちに、今度はドビュッシーが荒れてきました。
#運動系の曲を動態保存できるキャパが溢れているような気がしてきました。

問題になるのは、暗譜の際にも梃子摺っていたシャープ7つ直前の箇所です。この箇所の譜面を視覚的に覚えていないのは確実なのですが、音の構造としても覚えていないフシがあります。つまり、指の形だけでしか覚えていないような気がする、のですが・・。

スクリアービンの9番10番であれば、弾いているうちに指使いが入れ替わったりしてましたから、余程「音」で覚えていたようです。ドビュッシーのこの部分の方が無調的というか、無構造なんでしょうか? スクリアービンの6番だと譜読みが通っただけですが、こちらでも「音」で覚えていたように思うのです。

全体を通せばラヴェルよりは楽、ですから、こちらもテンポを落として修繕に回っています。4曲まとめてのモグラ叩き状態です。下手すると、バッハ=ラフマニノフも、モグラ叩きに参加してしまうかもしれません。(ここまで16.10.30)

 

 

 
2016年11月:ショパン=ゴドフスキーは暗譜してからが勝負?

ショパン=ゴドフスキーの1番に続き、24番も暗譜に近づいてきました。でも全然まだまだなのです。楽譜を見ながらでは脳の処理速度が全く追いつかないので、楽譜を見ているべき神経を全部手に向けられるようになって、ようやく一段だけ上がれる、という感じです。

1番の方は、指使いも確定させて覚えているようです。しかし両手だとテンポを落としてもかなり外します。左手だけならかなり行けるので、やはり右手練習が必要なのでしょう。

24番も楽譜を出しては居ますが、見る回数は減っています。最初の1頁は見ずに弾いてしまうこともあります。左手の指使いはほぼ確定で、右手もオタオタする回数は減ってきていますが、それでも全然弾けていません。大分それらしく響くようになったような気がしていて、しかし6分以上かかっているということは、アムランのテンポの半分以下です。

どちらも、完全に暗譜して、それでどこまでテンポを上げられるのか、は脳の処理速度に依存するのでしょう。アムランへの憧れは残しつつ、出来る範囲で手を打つしかなさそうです。

ラヴェルのトッカータは、四分音符80か90でメトロノームを付けてしばらく我慢すれば、荒れかけた所も修復できるようです。プロなら3分台で弾く曲ですが、これも4分台前半で妥協するのでしょう。既に2月の時点で書いていた「120を超えられれば御の字」というのが実にいい線だったようです。

以上3曲に、ドビュッシーのトッカータとバッハ=ラフマニノフを加えた5曲で、再び閉塞感が出てきたので、かつて諦めたリストの曲から、ポロネーズ1番とスペイン狂詩曲を弾いてみました。予想に反して、より最近まで弾いていたスペイン狂詩曲の方が「弾けない」と思ったのですが、比較すればこちらの方が難しいのでしょう。シフラが弾いても11分以上というスペイン狂詩曲は、初老会社員が取り組むには、いささか長いと思います。ポロネーズ1番は、副主題確保の4:3のところを片手ずつしっかり練習してから合わせれば、後はそれなりに弾けるような気がしてきました。これと、「聖スタニスラウより第2ポロネーズ」(こちらの頁の「第14巻」参照)と、どちらを練習しましょうかね・・・「聖スタニスラウより第1ポロネーズ」なら練習しなくても弾けるつもりですが・・・。(ここまで16.11.13)

 

主力5曲(トッカータ2曲、ゴドフスキー2曲、バッハ=ラフマニノフ)では変化に乏しいので、リストの曲の感想など・・・。
スペイン狂詩曲は、以前諦めた時点で、何とか20分は切れる代わりにボロボロ、という状態でした。ゆっくりならば弾けない場所はないだろう、とは思ったのですが、殆ど休むところがありません。あけすけ過ぎると思うところは多々あれど、退屈な箇所は一つもない名作と思いますが、私にはどうにも手に余りました。

これと比べれば、ポロネーズ1番は、やや退屈な箇所もありますが、その分、多少とも休めるところがあります。まあこちらも最初譜読みした時に「仕上げるのは絶対ムリ」と決め付けていたのですから、多分ムリなのですが・・・。主力5曲が全て5分程度以下なのに対して、ポロネーズ1番はプロが弾いても10分程度、今の私ならたっぷり20分掛かりますから、練習機会も確保しにくくもなります、が、少しずつ弾いてみています。(ここまで16.11.27)

 

 

 
2016年12月:ショパン=ゴドフスキーは暗譜しても大変

ショパン=ゴドフスキーの1番も24番もほぼ暗譜しました。

1番の方は、片手ずつだと右手の方が外しやすいのですが、両手合わせるなると、やっぱり左の方が外してしまいます。左手片手練習で体を動かさないようにするとか考えていたのですが、発想を変えて、両手で弾く際にも左手優先で体を動かすようにして、それで大分良くなってきました。この曲の音形は、左手の下降方向=小指側に進む方が難しいようですが、右手は下降のみ、ということは相対的には難しくないのです。体の動きも視線の先も左手優先にするくらいで、基本性能でも劣る私の左手には丁度いいようです。

24番もほぼ暗譜しました。5分半くらいになっています。頭の中での6連符の分割を3連符×2にした、と先に書いたのですが、終わり1/3、具体的には4:6で合わせる所が済んだところから、2連符×3に切り替えています。右手の音形が左手のほぼ対称になり、2連符×3で問題なくなるという以上に、最後の5度6度8度取り混ぜた両手重音アルペジオ・・・今のところ最難関です・・・で、2連符×3の方が楽になりますので。

ラヴェルのトッカータは、2月の時点で「ほぼ問題なし」と書いていたはずの、2頁目の冒頭の右手を繰り返し練習しました。全然当たらなくなった、と思ったのですが、座る位置を少し下げると当たりだしました。ショパン=ゴドフスキー24番を弾く時に前に行ってしまって、そのままの位置で弾くと肘が窮屈になっていたようです。ショパン=ゴドフスキー1番を弾く時にはいつも意識して下がっていたのですが。

今月に入って、この3曲が特に主力になってきました。ドビュッシーのトッカータとバッハ=ラフマニノフは、どちらも外しにくくなってきたから、ということにしておきましょう。リストは・・・ポロネーズ1番はたまに弾いていますが・・・(ここまで16.12.11)

 

あっという間に本年も終わろうとしています。このブログまがいの頁の本年最終更新ですが、変わりばえは全然しません。

ラヴェルの2頁目は、ふとスラーで弾いてみたら、いとも簡単に当たりました。ノンレガートを強調しようとして、手首ごと動かして崩してしまい、その崩れたままゆっくり弾いても当たらなくなり、あせってしまった、ようです。手首の上下動は最小限にして出来る範囲でのノンレガート、を意識したら、まずまず元に戻りました。

ショパン=ゴドフスキーの2曲は上に書いたとおりですが、練習開始時期の遅い24番の方には、まだ伸び代が多少とも残っているようです。これらの曲を抱えて、昔の仲間との忘年会に、28日夜出撃予定、です・・・(ここまで16.12.26)

 

さて、28日に予定通り出撃しました。本人的には、まあまあだったり、いまいちだったり、だったのですが、旧知のM氏のみならず、リアルでは初対面のF氏にまで、ネット上で過分のお褒めをいただいたので、良かったのだろうと思うことにします。照れくさいので、お褒めいただいた記事にリンクは張りません。

持参した楽譜が少なかったのは反省点です。夜通しで代わる代わる弾くのに、ネタが尽きてしまいました。iPadに楽譜を入れている人が何人も居たので、出してもらうことは出来たのでしょうが・・・。ラヴェルとドビュッシーのトッカータ、ショパン=ゴドフスキーのエチュード1番と24番、バッハ=ラフマニノフのプレリュード、の「主力5曲」は全て複数回弾いてしまいました。ラヴェルとショパン=ゴドフスキーの2曲を特にお褒めいただいたようです。

1回ずつ弾いたのが、ショパン:スケ4(まあまあ)、ノクターン16番(まあまあ)、同15番(16番で調子こいて、続けて弾こうとしたこちらは全然だめ)、リスト:執拗なチャルダッシュ(ガタガタ)、サンサーンス=ゴドフスキー「白鳥」(まあまあ)、スクリアービン:ソナタ4番第2楽章(去年よりさらにダメ)、ヤナーチェク:草陰の小路第7曲(うろ覚えで弾いたがオチをつけるのに成功、感じは出てたと思う)、ベートーベン=バラキレフ「弦楽四重奏曲第13番よりカヴァティーナ」(悪くはなかったのでしょう)・・・これで全部かな?

暗譜はしていなくとも、楽譜があればそこそこに弾ける曲、を、競争率が高すぎるショパン以外でもう少し確保しておきたい → リストで、「クリスマスツリー」の数曲、の他に何か練習しようか、などと考え始めています。(ここまで17.01.05)

 

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