愛知県碧南市 懐かしい雰囲気を漂わす道 窓から覗く「招き猫」の滑稽さ

旭北部へようこそ!

招き猫のいる通り

懐かしい木製の窓を覗く 奥にはコミカルな表情の「招き猫」が見てる

低い軒先の続く通り

<懐かしき日なたの匂い残る通り、軒先の下に鎮座する白と黒の模様に赤首輪の招き猫。古風な顔立ちは、この通りを行く人々の歴史を見てきた証。日曜日には、お休みしてしまうのは残念> 神有に良く働く猫がいるという噂。その猫は、何をするでもなく、ただ木枠の窓からジッと動かずに道行く人を見ているという。 応春寺の庫裏から北東へ伸びる道、「マルトミパン」と書かれたトラックと共に、黒壁、屋敷門が続く閑静な通りにその猫はいる。 ブリキ加工業という懐かしくもある商売を営んでいる店舗、木枠の窓で出来たディスプレイの中でじっと左手を挙げている招き猫である。 歴史を感じさせる古風な顔立ち。通り行く人々が、つい覗き込んでしまう。実に良く働く招き猫でも日曜日にはお休みを取るという。

小川の脇に階段付きの常夜灯

<大地震による災難を逃れた代官は、神の存在を唱えこの地を「神有」と改名した。潤いを与える水路脇の常夜燈は、夜になると明かりを灯す。未だ守られる伝統は神有を愛する人々の証> 神有の東の入口、懐かしき高度成長期時代を感じさせる外観のモータース横には、鷲塚から続く水路が流れる。その傍らに秋葉山の常夜燈が北東を向いてたっていた。 この常夜燈は安政5年(1858)に建立されたもの。伏見より来て鷲塚へ向かう大浜道の途中にあり、神有の入口としての目印的な役割をした。 明治4年(1871)雨の降る晩、大浜陣屋へと向かう僧と農民達はこの常夜燈の明かりを目指して行進したのだろうか。 現代において邪魔者とされる常夜燈、しかし神有の常夜燈は夜になると煌々と明かりが点く。”神の有る地”として今も頑なに伝統を守る。神有に住むと言う事を誇りに思う人々がいる証である。

ヘボト自画像ヘボトの「如是我聞(にょぜがもん)」

常照寺の石柱

「馬遊と常照寺」

招き猫に出会える道を北へ、二股を左へ進むと県道(西尾・新川線)に出る。 愛知県信用組合旭支店のある辺りは、旧字名を「馬遊(まいう)」といった。 城山に鷲塚城があった頃、武士が馬術を学ぶための場所だったという。 先程の道をさらに進むと「二松山・常照寺」に突き当たる。 この常照寺は、宝永5年(1708)に鷲塚「願隋寺」の隠居寺「二本木通寺」として始まり、 正徳2年(1712)に祖周坊が願隋寺の末寺として創建した。だが、祖周坊入寂以後に無住の寺となってしまう。 智了坊が一度再興するが、再び無住となる。文久元年(1861)、常照寺の住職となった正道坊は、寺子屋を開設し活躍した。

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