愛知県碧南市 かつて鷲塚湊に鎮座 由緒なき「堤防沿いのお地蔵さん」

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堤防沿いのお地蔵さん

お地蔵さんの正体は誰も知らず 輝く白毫(びゃくごう)が示す信仰心

矢作川土手下に立つお地蔵さん

<建立された年代は不明。「鷲塚湊」があった時代にはもうここにあったという話。旧道となってしまった鷲塚の本通りに立つ一体のお地蔵さん。眉間にある金色の輝きは今も衰えず、鷲塚の人々の信仰を集めている> 矢作川の土手下に鎮座する一体のお地蔵さん。春の4月だというのに、桜の花をなかなか咲かせない桜の傘の下、鷲塚の平穏な日々を見守っている。 台座部分を含めると1メートルちょっとの高さ、丁度、5歳児ぐらいの大きさである。 普通、由緒となる文字が光背などに刻まれているはずだが、このお地蔵さんには何一つ文字らしきものは見あたらない。 「お地蔵さんの立つ辺りが『鷲塚湊』と呼ばれた時代、矢作川で亡くなった子供を弔う為という話は聞いた事がある」と通りがかりの人が教えてくれた。 お地蔵さんの眉間にある白毫(びゃくごう)は今も輝きを失わず、鷲塚の地に生きている。

咲くマーガレット

<川岸の道路に過ぎなかった道には、いつしか草花が咲き、春には桜の花がやってくるようになった。青い空が遙か遠くまで続く風景、川の向こうから吹く心地よい微風。「歩く」楽しさの見えてくる矢作川堤防道路に出来た憩いの場所> 鷲塚は矢作川に面している町。中畑橋から遡上してくる堤防道路は、そのまま米津まで行き、県道44号となり東海道へと向かう。 上塚橋から中畑橋の堤防道路に、ちょっとした休憩所が設けられている。背後には「矢作川桜つつみ」と称して桜の若木が並ぶ散策路がある。 休憩所に設けられたベンチに腰をかける。心地よく頬を撫でる微風は矢作川の潤いを含み、随分呼吸を楽にしてくれる。 ピヨピヨと奏でる小鳥の美声に耳を傾ける。普段の傲り高ぶった気持ちが消え失せていく。 「頑張りすぎた」一週間を過ごしたからこそ、こんな一日があってもいい。

ヘボト自画像ヘボトの「如是我聞(にょぜがもん)」

常夜燈上部

「遍照院西の常夜灯」

遍照院の西、六地蔵が2つ並ぶ場所には、寛政12年(1800)と刻まれた「秋葉山・常夜燈」がある。 高さ4メートル前後か、火袋部分は木枠に囲まれ、電気コードが繋がっていた。 この常夜燈は、前述の矢作川堤防近くにあるお地蔵さんと同じ場所にかつて存在していた。「港屋」という旅館前にあったという。 鷲塚港は明和(1764~)の頃より、矢作川の運ぶ砂によって港の水深が浅くなり、大きな船の航行に支障を来し始め衰えていった。 この常夜燈は西尾市・上町との渡船の目印として、また米津から来る岡崎街道(大浜道)の目印として機能していたのだろう。 今は六地蔵さんと共に新しい場所に馴染んでいる

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