愛知県碧南市 「鷲塚には守らなくてはならないものがある」敵の侵入を防げ

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鷲塚・鉤の手? (わしづか・かぎのて?)

「信ずるものを守る」鷲塚の魂を今に伝える屈折路 池端蓮成寺前で発見

池端蓮成寺のすぐ南にある屈折路

<鷲塚にある敵兵の侵攻を防ぐ屈折路。三河一向一揆で焼き討ちされた池端蓮成寺前にあるという事実が物語る苦難の歴史。今もこの道を守る番犬に改めて思う鷲塚の信仰心> 旧東海道などで見られる直角的な屈折路(例:鳴海『曲の手』)は鷲塚にもある。 池端蓮成寺の門前にある道がそうである。かつての鷲塚の本通りであり、岡崎へ向かう大浜道(岡崎街道)と呼ばれた道である。 屈折する道を設ける目的は、敵の侵攻を遅らせる事にある。 三河一向一揆の時、一揆側についた池端蓮成寺は徳川方の手勢と戦った過去がある。防衛手段としてこの屈折路を設けたのではと推測する。 現在でも頑なにこの屈折路の機能は健在。鋭い眼光を放つ番犬が日夜、不審者を監視し、信仰心厚い鷲塚の地を守っている。

清涼飲料水ケースの積まれた美しい坂

<鷲塚・天満神社東はポッカリ空いた「日向ぼっこの空間」。いつまでも”日曜の午後”的な空気は心地良い。くるくるバスが来るまで、自販機横に設けられたベンチに座りティータイム> たとえ平日だろうと、「日曜の午後」のマッタリとした雰囲気を醸し出している場所が鷲塚にある。 天満神社の東にある開けた空間。清涼飲料水の自販機が並ぶ場所に御厚意で用意されたベンチ。お気に入りの飲料を買って少しばかりのティータイムを楽しむ。 東からは矢作川を越えて来る爽やかな風。桜咲く季節に訪れれば、天満神社にある桜の舞いを見る事が出来る。 くるくるバス「天満神社」バス停が目の前にある。バスを待つ間、鷲塚のお婆ちゃん達と話を弾ませるのも楽しい。 何もないけど、何かがある…ここはそんな場所である。

ヘボト自画像ヘボトの「如是我聞(にょぜがもん)」

「藤岡地蔵」

明治4年(1871)3月9日に起こった鷲塚騒動で犠牲となった大浜陣屋の役人「藤岡薫」を弔うために建立された「藤岡地蔵」。 かつては、藤岡薫が暴徒の竹槍を受け最期を遂げた場所(神秀モータース東)にあったが、県道拡張工事の時に現在地の石川理容さん横に移動した。 藤岡薫は鷲塚騒動当時は20歳であり、約2千の暴徒に対して役人13という圧倒的不利な状況において先陣を務め殉職した。藤岡薫の遺体は暴徒らによってかなりひどい扱いを受けたという。 大浜・林泉寺にある藤岡薫の墓には”戦死・鷲塚”と刻まれ、名誉の死であった事を裏付ける。明治政府の神仏分離令を発端とした鷲塚騒動が風化される昨今、藤岡地蔵は事件を物語る大切な遺物であることを忘れないでいたい。

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