月へ行く道
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私の宝物

今は亡き私の母の愛読書より

   

月へ行く道 北原白秋著 

昭和十六年七月六日 発行 定価四十銭

 

 

かの月光の中にありて、香りひは胡桃(くるみ)の花と青く、けはいひはよく眠る稚児のナイトキャップ(寝帽)にもまさりてしろく、息づかしくあれ。

その声はまた、新しい期待の明日への呼びかけともなるやうに。

麗質たぐひなき童(わらべ)こそ、まことに恵まれたる至上の幸であらうか。

わたくしは貧しい。齢四十を越えても、未だにわづかに保ちえてきた或る幼なごころを、ああ、或いはただひたすらに磨き育むのみにすぎないであらうか。

然しながら、かうした時、わたくしはいよいよ素直に還る。このわたくしのうしろに、いつも、わたくしは、永遠の母の目守りを感ずる。

つまりは、詩も歌も童謡も、わたくしにとっては同じくひとつの気品の現われであって、そのほかのなにものとも思はれない。

 

胡桃の花は青く、月の光よ円やかであれ

 

昭和四年初夏  白秋

 

月と胡桃

 

月光曲

真珠色したうろこ雲、ながれながれて、いい月夜

すうと帆あげた。あれ御覧。白い蛾のようなセエリング。

波、波、光れ、つぎつぎに、海の向こうの空までも。

風、風、かをれ、月の夜には、白いヨットが離れます。

 

月へ行く道

月へゆく道、空の道。

ゆうかりの木のこずえから、

白いお船のマストから、

アンテナのさき、夜露から。

月へゆく道、光る道。

まっすぐ、まっすぐ、あおい道。

 

白いもの

月の中から飛んでくる、しろい小鳥を見ましたか。

花の中から咲いてくる、白いにほひを見ましたか。

水の中から湧いてくる、白い狭霧を見ましたか。

歌の中から澄んでくる、白いひびききを見ましたか。

かはいい嬢さん、泣いたとき、白い小鳥をみましたか。

 

珊瑚樹

あの花はしろいさんごじゅ。

夢に見たしろい帆の船、しろい船、月の夜の船、

きりころと音もしさうよ。

あの花はしろいさんごじゅ、いつか見たしろいおうちよ。

しろい家(うち)、月の夜の家、

こどもらのこえもしさうよ。

あの花はしろいさんごじゅ、

群れて来たしろい水鳥、しろい鳥、月の夜の鳥、

雛鳥のこえもしさうよ。

 

お母さま

お母様はよい方、おつきさまよ、みんなの。

お母さまはひとりよ、たつた世界にひとりよ。

お母さまは木蓮、白い気高い木蓮。

お母さまはやさしい、霧雨のやうにやさしい。

おかあさまはせつない、干草のやうにせつない。

お母さまはあつたかい、こうのとりのやうにあつたかい。

お母さまはうれしい、国旗のやうにうれしい。

お母さまはこひしい、お空のやうにこひしい。

お母さまはよい方、ほんとうにいつもよい方。

 

 

この道

この道はいつか来た道、

ああ、さうだよ、あかしやの花が咲いてる。

あの丘はいつか見た丘、

ああ、さうだよ、ほら、白い時計台だよ。

この道はいつか来た道、

ああ、さうだよ、母さんと馬車で行つたよ。

あの雲はいつか見た雲、

ああ、さうだよ、さんざしの枝も垂れてる。

 

 

後記

 

 香ひあるすぐれてめでたきものへ向かって、わたくしたちの童謡の道は開かれてあらねばならぬ。童謡も詩であるからである。

 わたくしの童謡がひとしく童心童語の歌謡としてととのへられてはあつても、その歌謡はいつとなく詩の一義へすすみつつあることを、わたくしは自ら否みはしない。

 この『月へ行く道』の童謡はさうした心の高まりを示してくれるであらう。選むにわたくしはその心をもってした。児童たちのみならず寧ろ少年以上の成人たちにも見てほしい集の一つとして、この近代に贈りたいと念ふのである。

 童謡をだだ単なる幼なぶりとし、深くは味はずして、詩以下と看る向きも未職であるが、かの純情の童謡をさへもみだりにつぶして恥じ無き市井(しせい)の行為も寂しまれる。しかもなほ児童たちは正しく観つつある。成人たちも時には思いを自己の童心に潜みてほしいものである。

 

 『月へ行く道』、この集はもと『月と胡桃』として刊行したものから「からたちの花」外十数編を削除し、新たに改題、新潮文庫版として編纂した。

 

 北原白秋

 

 

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